生没年は不詳とされていますが、明時代の末頃に画家として活躍していました。福建省の出身で、号は半禿僧や天然子、太玄道人、碧水などと称しています。福建省に位置する九日山延福寺にて観音や羅漢などの仏画を中心に描きました。そのほか人物画においては写実的でありながら、隈取によって陰影を引き立たせる作風が特徴と言われています。
その後陳賢の作品は中国に渡来した黄檗宗大本山萬福寺(僧の隠元が京都で開いたといわれている)の僧によって日本にもたらされました。
これらは黄檗絵画にも影響を与え、1977年には萬福寺に所蔵される陳賢の作品「観音図」が重要文化財に指定されています。