18世紀半ばから19世紀半ばにかけて活躍した文人です。江蘇省の出身で、号は梅渓などと称していました。大官の秘書的立場で活躍し、一方で金石学の研究にも打ち込んでいたといいます。中でも金属に書の彫刻をする鐫刻を得意とし、成親王の下では王の書作品を刻み、まとめた『詒晋斎法書』を編纂しました。そのほか100種類を超える漢碑や唐碑を刻し、清時代の政治家の阮元に、自身が鐫刻を施した硯を贈ったことも注目されています。
書においては特に隷書作品が多く、漢碑に強く影響を受けたとみられる形骸化したような書風が特徴的です。また行書もよくし、秀麗な字体ではあるものの、やはり隷書に通ずる部分があると言われています。