18世紀後半から19世紀半ばにかけて活躍した文人です。浙江省の出身で号は椒堂と称していました。34歳の時に科挙試験に及第し、仕官すると運河での輸送などを統括した官職・漕運総督として務めています。また金石家として非常に高い評価を得ており、政治家の阮元によるものだとされる『積古斎鐘鼎彝器款識』は、この朱為弼の執筆だったと言われています。自身の収蔵品も多く、中でも特に古印や古銅器などは豊富に所有していました。
書においては自身の肖像作品にも影響された、金文を素材にしたものが良くみられます。金文の書法がまだ盛んでなかった当時、この朱為弼の作品はその先駆けとなりました。