べっ甲とはインド洋やカリブ海、南方の温かい海域に生息しているタイマイというウミガメの、甲羅や腹甲のことをいいます。これを緻密に加工・細工し、装飾道具にしたものは、べっ甲細工として古くから親しまれてきました。
「タイマイ」と「鼈甲(べっ甲)」
日本にタイマイが装飾品として初めてやってきたのは飛鳥・奈良時代のことです。聖徳太子の命により隋へと渡った小野妹子が日本に持ち帰ったといわれています。その後平安・鎌倉時代にも、タイマイは様々な形で神社仏閣に宝物として納められ、江戸時代にはポルトガル人の来日によりべっ甲細工の技術が成長していきました。
当時は鶴と並んで亀であるタイマイも縁起が良いとされ、徳川家康を始めとした各地の大名の間で流行しましたが、元禄時代に贅沢を制限する奢侈(しゃし)禁止令が出されその流通は制限されてしまいます。この時、その条例を免れるために商人がスッポン(漢字で「鼈」)の甲羅を利用したり、それまで「タイマイ」と呼ばれていたものを「鼈甲」と名付けて役人をごまかしたりしたことで名前が混合し、鼈甲(べっ甲)と呼ばれるようになったといわれています。
明治・昭和にも長崎でべっ甲産業が発達するなど、人気の途絶えなかったべっ甲ですが、現在はワシントン条約によりタイマイの輸入が規制されています。沖縄の温かい海での養殖も開発されていますが、材料の手に入りづらい状況は続いています。
べっ甲細工
べっ甲を作り出すタイマイの甲羅の大きさは60cm程度で、大きいものは1mにも及びます。成長と共に、15×20cmほどの13枚の甲羅が瓦状に重なり、1枚ごとは非常に薄いものの、それらが重なり合ってその厚みを形成しています。
この甲羅1枚1枚の中にはコアと呼ばれ水分を通す管があり、ひとつとして共通のコアは存在しません。甲羅を加熱すると自由に曲がるその特性はコアによることが証明されており、非常に精巧な模造品が作られることの多い宝飾品の中でも、べっ甲は人工では作ることの難しい複雑な構造になっています。
べっ甲細工は何枚かの甲羅を貼り合わせることでものを厚くし、それに彫刻を施すことで作られています。日本では、亜麻色の中に茶色と黒の斑が入った「ばら斑甲」と呼ばれるものが好まれていますが、その他にも亜麻色で透明度の高い「白甲」、黒色の「黒甲」、茶色や飴色の「飴甲」などの種類があり、中でも黒甲は螺鈿細工や蒔絵を施すなどして用いられます。
べっ甲の偽物
古くから人気のあったべっ甲の偽物は江戸時代から存在しました。馬の爪や牛の角、昭和に入るとセルロイド製のものなどが流通し、現在はプラスチック製のものが非常に多く出回っています。見分けるには表面を拡大し、まだら模様の境目を中心に微細な球体が見られたら本物とみて良いでしょう。
また、「和甲」と呼ばれるアカウミガメやアオウミガメの甲羅が代用品とされることもあります。これも、べっ甲よりも価値が低いので注意が必要です。